Idocrase -アイドグレース-
たとえそれが淡く儚い幻想に過ぎないとしても。



Idocrase -アイドグレース-



「消えることが、怖くないか?」

俺がナナシにそう問うたのは、『神』と戦う前夜、濃紺の空に金剛石のような星が散りばめられた美しい夜だった。
旅が終わりに近づいている―――それ即ち、ナナシの消滅が近いことでもある。
それが無性に寂しくて、悲しくて、狂おしくて。
だから、そんな質問をしたのだと思う。
ナナシは少しの間考え込んだあと、ポツリと答えた。

「……別に、それほど」
「何故だ?普通怖いだろう。
 少なくとも……俺は嫌だ」

しばらくの間、沈黙が続いた。
ただ焚き火のはぜる音や、時折吹く風の音だけが、その空間に響いていた。

「……生きる理由」

その沈黙を破ったのはナナシのほうだった。

「生きる理由、考えたことある?」
「生きる理由?」
「そう」

焚き火に枝を継ぎ足しながら、ナナシはこう続けた。

「今、わたしがここに生きている理由は二つある。
 一つはリクレールに頼まれた世界救済のため。
 もう一つはわたしの意思であり、願望。
 この世界に生きて、世界を救うことで誰かに覚えていて欲しいから……それがわたしの生きる理由」

再び沈黙が訪れる。
しかしそれは先ほどのものとは違い、ナナシではなく、俺が思考する時間を設ける為の沈黙であった。
これまで俺は、生きる意味を明確に考えたことが無かった。
ただ人として生まれから、ただ生き物として生まれたから、ただ生きるだけ。
前向きでもなく後ろ向きでもなく、ただそういうものだと思っていた。

「……だから、誰かがわたしのことを少しでも覚えていてくれたら、
 わたしはそれだけでいい」

そう言うと、急にナナシは俺を見つめた。
何を求めているわけでもなく、ただ、その夜空の色の瞳は俺だけを映していた。

「アルバートは……きっと、わたしのことを覚えていてくれる」
「……」
「そう、でしょ?」
「……ああ」
「なら、いい。
 それだけでわたしが生きる意味を果たせる……だから、何も怖くない」

にこり、と。
儚げに、それでいて美しく俺の目の前の少女は笑った。
……それは、俺が初めて見た、彼女の笑顔だった。
無口で、無表情で、けれど意思がはっきりしていて、やさしい心をもった彼女の―――最初で、最後の。

「ナナシ」
「……なに?」
「約束する。もしこの世界からお前が消えて、名前だけの存在になっても、俺はお前が確かに『ここにいた』ことを……ずっと、覚えてる」
「……そう」




―――……ありがとう。







明日、俺たちは世界を救う。
あくあまりん
2009/03/28(土)
17:13:17 公開
■この作品の著作権はあくあまりんさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのコメント
アルバートと女主人公の組み合わせが大好きです。
前作があれな話だったので、今回は淡々と。

この作品の感想をお寄せください。
>白夜さん
うほっ、これまた大好きな絵師の白夜さんドウブッハァ!!
私も同じくこの二人が好きでたまりませんv
白夜さんのサイトにあった二人の絵を見た時なんてもうパソコンの前で数十分悶絶しておりました……!!
絵を描いてくれるとは恐れ多い……ワックワクしながら待たせていただきます!

それでは、感想ありがとうございましたあああっ!!
Name: あくあまりん
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■2009-03-31 08:22
ID : .rDWXIUG/mo
こちらでは初めましドゥブッハア!オエビの方ではいつもコメント有難うございますv
ああああアルバートと女主きたあああああ!!!今この二人が好きで好きでしょうがなくてどうしよーって時になんて素敵なタイミングで…!
もげさんも仰ってましたが、文章の向こう側…文章に書かれていない想いまで伝わってくるような、儚くもきらきらしたお話だと思いました。

暴走気味すみません(汗
素敵なお話に出会えて&この二人お好きな方見つけられてすごく嬉しいですv
読後にすっと絵が浮かんできたのでそのうち描かせて下さいませ!
今後も応援してます♪
Name: 白夜
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■2009-03-31 01:17
ID : Gq92jibgjnw
>もげさん
はじめまして!感想ありがとうございます!
ふおおおお、尊敬するもげさんに感想をもらえて心臓がバックンバックンしております・・・!!
実は私あまり短いお話を書いたことがなく、説明不足になってないかとかいろいろ気にしておったのですが・・・大丈夫だったようで一安心です。

もげさんのお話も楽しみにしています。
感想ありがとうございました!
Name: あくあまりん
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■2009-03-29 23:09
ID : .rDWXIUG/mo
恐らくはじめましてでしょうか。はじめまして。
拝読させていただいたので感想を書かせていただきます。

決戦前夜、二人の想い。緻密に描き出された素晴らしい作品だと思います。
アルバートの女主に対する気持ちとか、きっとあるだろう女主のアルバートに対する気持ちとか、それらを短い中に綺麗に、また切なく感じさせられて、思わずぐっときました。

今後のお話も期待させていただきます! それでは。
Name: もげ
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■2009-03-29 21:23
ID : UYrAXbn.OU.
>hags様
はじめまして、感想ありがとうございます。
アルバートと女主人公の組み合わせが好きな仲間がいてうれしいですv
前作も読んでくださったようで感謝感激です。
本当に愛した人を失ったとき、「人間」としてはまだ未熟なスケイルがどうなるか。
リアリティ、というか負の方面を突き詰めていった結果があれです。
私の拙い文から感じ取ってもらえるものがあったようで、とても幸せです。

もう一度、感想ありがとうございました!
Name: あくあまりん
PASS
■2009-03-29 12:27
ID : .rDWXIUG/mo
はじめまして、hagsと申します。
作品を読ませていただいたので感想を書きたいと思います。
私も女主人公とアルバートの組み合わせは結構好きなので
楽しく読ませていただきました。
ただ、メッセージのほうに前作があれだったと書いてあったので
前作も読ませていただきました。
すごいですね、インパクトが
読み終えた後は、マウスを持つ手は少し震えていて
なぜか涙が頬をつたっていました(マジです)
私はスケイルが大好きなので幻想譚のその後を考えたり
してるんですが、こんなことは考えたことがなかったです。

二つとも楽しく読ませてもらいました。
これからもよい作品を作ってください。
Name: hags
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■2009-03-29 11:26
ID : CQPSApuGrfk
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