三と一
 十回目の接近、そして打ち合い。
「だあっ!」
「小癪なッ!」
 掛け声とともに振り下ろされた僕の木刀はあっさりと教頭に防がれた。
「この程度かエシュター・クレイトン」
 教頭からの二度三度の応報を受け流しすものの、強引につばぜり合いに持ち込まれ、体格、トーテムともに力不足の僕はジリジリと押されはじめる。
 僕も必死で押し返すが、うまく体に力が入らない。
(くそっ……さっきやられた傷口がジリジリと傷む。やっぱり、きついのか……?)
 袖で隠しているチンピラにやられた傷口が力をこめるたびに痛む。
 意識はいまだはっきりしているのが幸いなのかもしれないが、もう長くは戦えそうもない。
『少年よ……やはり無理なのでは』
 肩にとまっているフクロウのトーテムが語りかけてくる。
 僕は心の中で頭を振った。
(まだ、戦えるから――――)
 痛む傷をこらえ、ありったけの力を木刀にこめる。
 教頭がその力に応えるように、さらに力をこめてくる。

(――――戦わないとッ)

 剣術大会の決勝戦、雨が振りしきる会場で僕は戦っていた。


短編 「三と一」


 つばぜり合いのときのセオリーはいくつかある。
 例えば、強引に相手の武器を持ち上げ、胴に隙を作る。
 この後から間髪を入れずに胴を狙った攻撃へ転じる。
 胴を狙うと見せ、小手を狙い、相手の武器の使用を制限させる。
 逆もしかり、相手に合わせて引くというのも体勢を崩させるには有効である。

(やっぱり力じゃ教頭には勝てないか)
 僕はもう一度力をこめる。
 今度は教頭の木刀ごと持ち上げるかのように下から上へ。
「これで……!」
「ハッ!」
 気合一閃、僕ごときの力じゃトラのトーテムを有した教頭の前には歯が立たなかった。
 だけど、それでいい――――ここで引く!
 僕は体捌きから半歩体をひねるように、一気に力点を逸らす。
 力の受け止める先を失った教頭の木刀は教頭を引っ張るような形で体勢を崩していった。
「どうだァ!」
 隙のできた脇へ木刀を打ちこむ。
(よし確実に捕ら――――)
「甘いッ!」
 次の瞬間、獰猛な目をした教頭に僕はにらみつけられ、さらに規格外の速度で僕の一撃に打ち合わせてきた。
 予想外の防衛行為にあっけなく僕の打ち込みは止められる。
 教頭も体勢を崩した状態からの無理な一撃だったせいもあり、追撃は無理のようだ。
(まさか止められるなんて……あぐっ)
 僕のほうも結構限界に近いのかもしれない、腕の痛みはすでに肩の付け根ほどにまで達している。
 正直木刀を握るのですら厳しくなってきた。
『トーテム固有の回復能力で、ようやく立っていられる状態なんだ、これ以上の無理は命にかかわるぞ』
 小さな守護霊の言葉にまだ大丈夫と呟き返し、僕は一度間合いの外へと下がる。
 合わせるようにして教頭も下がる。
 僕は相手をにらみ、肩で息をしている自分を落ち着けるように呼吸を整える。
 対する教頭はまだ余裕があるのか、それともポーカーフェイスなのかじっとこっちを見据えたままだ。
 距離は4間あるかないか、突っ込んでいくにしては少し距離が広い。
 僕は気を教頭に配りながらも距離を調整する、回り込むようにして徐々に円を狭めていく。
 教頭はじっと動かないまま呼吸を整えている。
 そして、互いの攻撃射程に入る!
「うおぉぉッ!」
 僕は急な助走から最小限の動きで突きをぶち込む。
「そのような単調な攻撃が通ると思っているのか!」
 教頭が払いのけるように僕の木刀を打ち払いにかかる。
 しかし、それは僕も予想できている、だから最小限、だからフェイントとしてこの突きを使う。
 僕は一歩手前でステップを刻み、突きを引っ込め教頭の木刀を空振りさせる。
 空を裂く、いや空を切り落とすような鋭い音が眼前で風となって聞こえてくる。
 僕は突っ込む、木刀を払い損ねた教頭を守るものは今や何もない。
 そして――――。
「であああ!」
 渾身の一撃を、今持てる全力を、木刀に乗せ教頭に叩き込んだ。
(これで、どうだ……!)
 確かな手ごたえ、揺らぐ教頭の体。
「……ふん、確かに今のはいい一撃だった」
 だが、教頭は踏みとどまった。
 僕は顔をしかめながら、距離をとりなお……すことができなかった。
(毒がいよいよ回ってきたかな……)
 今まで雨のおかげで流れていた脂汗が背中にぐっしょりと沸き始めた。
 視界も時々霞み、体にうまく力が伝わらない。
 正直、立っているのがいっぱいいっぱいな状況まで僕は無理をしてしまっていたらしい。
「だが残心を忘れるとは、愚かな!」
 教頭が流れるように構えを取る。
『少年よ、倒れるでもなんでもいい逃げろ! その体であの技を受けたら死ぬぞ!』
 僕の頭で警告が飛ぶ。
 揺らぐ視界、膝を折ったら僕はたぶん立つことはできないだろう。
 でも、そうすればすぐに楽になれるはずだ。
(だけど――――。)
 
 一閃。
 
 放たれた斬撃を視界に捕らえることもできず僕は肩を砕かれる。
(僕は――――。)

 二閃。

 ハンマーで殴られたような衝撃が肋骨に走る。
 ピキリという嫌なな音が体に響く。
(医者になるために――――。)

 三閃。

 膝が落ちそうになる、そこへ豪速の突きが肺に突き刺さる。
 肺を守る骨が折れる、いや、砕ける。
 
(――――あなたを倒す!)

 四閃。

 世界が真っ白になった。

 それは僕にとってはじめての体験だった。
 白い世界に木刀だけが存在しているかのような錯覚。
 透かすように見える木刀の軌道、まるでコマの配分を間違えたかのように滑らかに、かつ緩やかにその軌道をなぞる木刀。
 僕自身の体も重い、だけれども、まだ少し動く。
 僕は軌道にからそれるように体を動かす。
 毒の傷みはまるで感じられない、ただ慢性的に体が重い。
 軌道通りに木刀は進み、僕から外れたところをなぞり続けていく。
 僕は生き残っている木刀を握った腕を持ち上げ、教頭に向け、体を倒す。
 全身全霊には程遠い、ズタボロの一撃。
 だけれどもそれは教頭のみぞおちに吸い込まれていく。

 そして世界に色が戻った。

「……竜王の舞の、最後に合わせて……カウンターだと……」
 僕の一撃はまさにその形で決まっていた。
 そして、今度こそ、教頭は地に伏せた。

 三撃の力に対し一の想い。
 その想いは竜王の舞を逆手にとるカウンターへと結果を導いたのだ。
 そう、腕力、技量、経験をも上回る力へと――――。

 遠くでゴングの鳴る音と人の声が聞こえた気がした。
 だけれでども僕は気を失い、その音と声をはっきり聞くことはなかった。
 雨が少し弱くなったのか、肌に当たる感覚がやさしく、少しだけくすぐったかった。


「三と一」 FIN
鏡読み
http://kazami-kanda.hp.infoseek.co.jp/
2008/02/05(火)
03:16:39 公開
■この作品の著作権は鏡読みさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのコメント
ども、鏡読みです。
ども、知らない人はお初です。よろしくお願いします。(ぺこり
このたびはちょっとバトルものの修行のために投稿してみました。
戦闘描写どうでしょうか……?
とりあえず、まじめに書いては見たもののこの後のゲームの展開を思い出すと苦笑いばかりが出てきます。(苦笑
それでは短い挨拶ですがこれで。
でわ。


この作品の感想をお寄せください。
ども、感想ありがとうございます。
そんなわけで鏡読みです、こちらこそお久しぶりです。

ご評価いただきありがとうございます。
まだ修行の身の上なので、描写として完成されているかはちょっと怪しいですけど。(苦笑

>これは鏡読みさん復活と受け取ってもよろしいのでしょうか? だとしたら・・・・・・今進行中の企画に参加してはいただけませんでしょうか? いえ、ご迷惑でしたら・・・・・・。

復活ですか……。まあ、もしかしたら復活なのかもしれません。
もげさんが進めている企画ですか、えっと参加法方はどのようにすればいいのでしょうか?(乗り気

質問に質問で返すようですみません、こんな駄文ですが感想ありがとうございました。

でわ。
Name: 鏡読み
PASS
■2008-02-05 23:43
ID : em0xNPlHJvA
まさか再び、その技巧を拝見できる機会があろうとは・・・・・・・!
そんなわけでもげです。お久しぶりですよね、何だかんだ言って。

戦闘描写は自身苦手である都合上、ここまで完成したものを見ると、刺激を受けると同時に打ちのめされたような感覚が残ります。何という上手さ。淡くちらつく表現や背景的描写にもグッときます。

これは鏡読みさん復活と受け取ってもよろしいのでしょうか? だとしたら・・・・・・今進行中の企画に参加してはいただけませんでしょうか? いえ、ご迷惑でしたら・・・・・・。

それでは色々と失礼しました。駄文ですがこれにて。もげでした。


Name: もげ
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■2008-02-05 16:16
ID : hwLoCx5z0JQ
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