TSエシュターの災難 |
体が痛い。思えば数日前から兆候はあったのかもしれない。 ミシミシ。バキリ。 この不可解な音は一体どこから来るのだろう。 「…くんが…っ、……」 誰かが話をしている。 聞こえてはいるのだが、どうにも思考が鈍くてその内容を理解する事が出来ない。 「ーーーーっ」 そういえば、こんな体験は前にもしたことがある。どうにもトラブルに巻き込まれやすいらしい僕はよく気絶する事がある。今ではないが、昔はよくゴミ箱の中、人のザワメキで目を覚ましたものだ。 うっすらと目を開ける。 そこには病弱な少女と、赤いバンダナをした大柄の男。それと眼帯をした長髪の男がいた。 シーナとガゼルとアルバートだ。 真っ先に目があったのはシーナだった。 「あ、エシュターくん…。目が覚めたんだ。よかった」 彼女はホッと息を吐いて微笑んだ。 「よぉ、大丈夫か?稽古してたらいきなりぶっ倒れたんだぜ?お前」 ガゼルが心配そうに覗き込む。 一人離れた所でぶるぶる震えているのはアルバートだった。目が合うと、殺気でも込めたかのようにギラリと光る。 「エ、エシュ…!」 それを言い切る前に、空中に何かが飛んだ。綺麗な孤を書いたそれは後頭部へと吸い込まれていく。 ごんっ! 鈍い音を立てて、アルバートは倒れた。よく見ると、飛んでいった何かは尿瓶だった。変わりのようにアルバートの血液が床を汚しているが、中身が入っていたらと思うと恐ろしい。 発信源を見る。何か一仕事終えたような満足げな顔をした彼女は、視線に気づいて慌てた。 そんなに動揺しなくとも、アルバートの暴走を防いでくれて感謝したいくらいだ。 「あ、あの、違うの。エシュターくん大変な事になっちゃったし、その…そんな体だし」 シーナがそっと視線を逸らした。続いて、ガゼルも目を逸らす。 「そんな体って…?」 確かに一般年齢から見たらひょろりとして、あまり力もないかもしれない。トーテムに目覚めなければ多分一生そのままだっただろう。 だからと言って、特に健康を害している訳ではない。日々精神に堪える事柄を乗り越え、その最中に気絶(させられる事)も多いかもしれないが、そういう意味では至って健康だ。 二人はそのまま言いずらそうに口をもごもごさせているが、教えてくれそうにない。 そういえば、身に起こった事を知っていそうな存在がまだいるはずだ。 (ねぇ、梟さん梟さん) 『………』 すぐ側にいるくせに、梟も答えようとはしなかった。こうなったら、向こうの根が切れるまで語りかけてやるのみだ。 (ねぇ、僕が気絶してる間に一体何が起こったのさ?) 『………』 (ねぇってば、教えてよ。え?何?僕なんか病気なの?そんな告げられない程の重病!?) 医者の不養生。もちろんまだ将来の夢でしかないのだが、こんな所で大病になってしまっては医者になる事すら難しくなる。 ふと過ぎった答えにひやりとした。重苦しい空気に押しつぶされそうになる。 その時、トーテムがふぅ、と重い息を吐いた。 『少年よ、そんなに真実が知りたいか?』 (知りたいよ!…でも知らないってのもアリかな。もう余命いくばくもなかったらこのまま全力で医者を目指すってのも…) 『起き上がるがいい。そうすれば、全ての真実が見れる』 梟は返事を全く聞いていなかった。 仕方なしに起き上がってみる。 シーナとガゼルが動揺するのがわかった。 「起きちゃ駄目ぇ!」 珍しく大きいシーナの声だった。 起き上がると、かかっていた布団が落ちる。スーっとした冷たい空気が肌に触れた。思っていたより寒い。 瞬間、誰かが目の前に滑り込んで来た。 「見たまえ、アッシュ。これは世紀の大発見だ。この驚きは早朝捻り出したウ○コを見た時に値するね」 「そうだね、スレイン。この際、本物かどうか確かめてみようじゃないか」 目にも止まらぬ速さで、スレインは両手を突き出した。 ぐわしっ! 広げられた手の平が、白い塊を鷲掴む。アッシュがその横からはみ出た物を突付いた。 「………」 室内が凍りつく。いつものように下ネタを繰り返す二人にツッコむ余裕はない。 二人が触っている物は、所謂アレだからだ。女性が持ってる男のロマン。それが、自分についている。 『現実逃避だな、少年よ。いや、少女と呼ぶべきか?』 「…これは紛れもなく本物だね」 「…カレーのようなまろやかさだね」 もう誰の声も耳に入らなかった。冗談だと思っていたのか、本物だと悟った二人の表情がだんだんと青ざめていく。 僕は、さっそく回復したばかりのwillを全開放した。 ------------------ 2 「どうにもね、性染色体がXXYらしくて…、元々両方の要素を持っているらしい。今までは男の部分が表面に出てたけど、何かの拍子で変わっちゃったんじゃないかって」 スレインとアッシュをぼこぼこにしてゴミ箱へ捨てた後、呼び出しをされた僕は大体の詳しい事情を聞いた。 性染色体の事。実はおじさんがその事を知っていて、学園に身辺の注意を頼んでいたが、本人には秘密にしていた事。その変異が次にいつ来るのかわからず、もしかしたら、一生このままかもしれない事。 僕はそれをただ黙って聞く事しか出来なかった。 教室を出た事は覚えていない。気づけば、パン屋の横で皆に拉致られていた。 「でもそれって有り得るのかしら?だって元は男の体だったんでしょ?上だけならともかく、下もとなると…ね?」 レイシーは肘杖をついてニタニタしていた。 「っていうか以外に驚かないんですね。レイシー先輩…」 「まー、長い人生そんな事もあるわよね」 「後何年生きるつもりなんだ…」 それは誰にもわからない。 ずっと何かを悩んでいたらしいアルバートがふと言った。 「…という事はエシュター。俺とお前の間にはもうなんの障害もないという事か?」 「僕にとってはアルバートが一番の障害だよ」 「!?」←ガーン顔 アルバートは白目を向いたまま気絶した。暴走したり、気絶したりと忙しい男だ。 レイシーがアルバートをちらりと見る。 「うふふ、でも有りといえば有りよね。女になっちゃったんだから」 「怪しげな笑いしないでくださいよ!気色悪い!」 「…私が?」 にっこりと笑ったまま、レイシーは片手のぬいぐるみを握りつぶした。 ぐしゃり。 そんな擬音が聞こえそうな程無残に潰されているそれから目を背ける。ぬいぐるみだからまた元に戻るのだが。 「イエ、キショクワルイノハアルバートデス」 本当の事を言ってるのに、負けてる気がするのは何故だろうか。 目の前に、飲み物が置かれる。 「まぁまぁ、考えても仕方ない時はこれでも飲んで元気出せよ。俺のおごりだ」 「ガゼル…」 くしゃりと頭が撫でられた。普段は目立たない脇役だが、こういう時になると頼りになる。 「…脇役で悪かったな!?」 「心を読まれた!?」 たくっ、とため息をついて、ガゼルは飲み物を置いた。やけに大きい入れ物が、ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ…。 「…ってちょっと待て!これはまさか…!」 「ああ、元気つけてやろうと思ったはいいが肝心の金がなくてな。運試しに出たらこの通り…」 ミルクセーキが五つ。 「いや、気持ちは嬉しいけど僕もうお腹いっぱいいっぱい…」 「手伝ってやるから」 「いや、むしろ手伝うの僕の方でしょ!?これは!」 仕方なく僕はストローに口をつけた。一向に減らないミルクセーキを延々と吸う。 アルバートが目を覚ました。無言のままミルクセーキを飲む僕を見て、再び脳内で何かを発展させている。 「ぬぅ…!?そうか、わかったぞ!勝負だエシュター!」 一体何がわかったんだ。アルバートは駆け出していくと、ミラクルセットを注文した。 「ミルクセーキを頼む事は出来ないのか!?」 「出来ません」 店員のお姉さんがきっぱりと断言する。 アルバートがさいころを振った。その目を僕が知る事は出来ないが、今日の最悪を引いたのはアルバートらしい。 「具が…!具が足りない…!仕方ない、私の指を…!」 「やめてください!店長!」 ブシュアァアアァァアアアァア! 「ギャアアァアァァ!」←ガーン顔 慌てた様子でお姉さんがひっこんだ。カウンターに立ち、唯一中の様子を伺える部外者であるアルバートがショックを受けて立ちすくんでいる。 しばらくすると、出てきたお姉さんがアルバートに何かを渡していた。 オレンジジュースと、ミラクルでは出てこない高めのパンだ。 無言のまま帰ってきたアルバートはこう言った。 「なんかよくわからんが…口止めに1シルバ貰った」 「口止め少なっ!?」 「何か得した気分だ」 「…そうか?」 僕は馴れてしまったが、一般人の感性では受け付けないのだろう。ガゼルがうんざりとしていた。 今まで黙ったままその様子を見ていたシーナが思い出したように言う。 「そういえば、剣闘大会はどうするの?」 「どうするって?」 「だって女の子になってるし、棄権した方がいいんじゃないかなって…」 ずるずるずるずる。 底をついた音がしてストローから口を離した。やっとの事の一本制覇。一本はガゼルが飲んでるとして、後3本残ってる。 「うーん、一応出ようかなとは思ってるんだけど…。根本的な戦い方は忘れてるわけじゃないし、なんとかなると思う」 「リーチも変わってないしな」 アルバートの言葉がぐさりとささった。男と女には体格差というものがあるが、僕の場合、前と大して変わっていないのだ。というか変わった所がわからない。 ガゼルが唸る。 「でも、腕力とかは変わってくるかもな。お前どっちかってと技術に頼るタイプだろ?棄権しないなら慣らした方がいいぞ?」 がむしゃらに力押しするタイプならそう心配はいらないだろうが、技術に頼るタイプは少しの誤差が命取りになる。 「そー…だね。ガゼル、後で相手になってくれないかな?」 「エシュター!勝負なら俺が…!」 「え、でも接近戦弱いじゃん、アルバート」 「!?」←ガーン顔 アルバートは白目を向いて気絶した。どこまでも衝撃に弱い男だ。 ずるずるずる。 気がつくと二本目が底をついた。三本目に手を伸ばそうとした瞬間。 「……うぐっ!?」 『性別が変わってもやる事は変らないのだな、少女よ』 梟の声は敢えて無視した。 勢いよく立ち上がるだけで、慣れた人達は既に理解していた。 「行ってらっしゃーい」 ひらひらとレイシーが手を振る。 爆走したエシュターを見つめたまま、シーナがぽつりと呟いた。 「男子トイレ?女子トイレ?」 誰もそれを答える事は出来ない。 エシュターが行ってしまった今、レイシーの好奇心はガゼルへと移行する。 「ところでアンタは行かなくていいの?」 ガゼルは三杯目に口をつけていた。飲んだ量ならエシュターより多いはずだ。 「ああ、俺胃が強いから」 だからこいつは平凡なのだろう。とその場にいた誰もが思った。 ----------------- 3 「じゃあ行くぜ」 「いつでも」 木刀を構える僕に対し、ガゼルは素手のままだった。それで良いのかとは聞いたのだが、そっちの方が得意らしい。 空気が張り詰めていた。 ジリッ、とガゼルが一歩詰め寄る度に、情けなくも僕は一歩下がって様子を見る。 (ガゼルってもしかしなくても結構強いんじゃないのか…!?) 今更ながら、僕はそんな事を思っていた。 相手が隙を伺うのを感じた。それはこちらも同じ事なのだが、重要なのはどこからでも打ち込める分、これと言った場所がない事だ。 (多分、僕の方が早い。でもその攻撃がどこまで通じるかわからない以上思わぬ反撃を喰らいそう…な気がする) 『少女よ、勘は大切にした方がいい』 (梟さん、少女って呼ぶのやめてくれないかな…。なんか変な気分なんだけど) 『しかし、実際そうだろう。生物学上の女性、しかも未成年は少女と呼ぶものだ』 (や、そうなんだけどさ…) ガゼルが駆けた。右腕が振り上げられる。受け流そうと木刀を構えるが、右腕は空振りすると、その勢いを利用してガゼルは身を捻った。死角から足を蹴り上げる。 (み、右下っ!) 見るよりも本能が先に動いた。蹴りの位置になんとか木刀を滑らせる。 (…ぐっ、受け流せない!) ガゼルの蹴りは思っていたよりも重かった。衝撃をまともに受け、吹き飛ぶ。体制を整えようと顔を上げた時には、既に目の前にはガゼルの足があった。 「…勝負あり、だな」 見ていたアルバートが呟いた。 ガゼルは蹴りを放たず、そのまま足を下ろす。 「やっぱさ、厳しいんじゃねぇの?剣闘大会」 「そうかも…」 いつもの僕なら、あのガゼルの蹴りを耐えて次の攻撃へ移る事が出来たはずだ。攻撃を受け流せないのはそれだけで次への選択儀を消してしまう。 僕はがっくりと項垂れた。 「まぁいいか。退学の危機ってわけでもないし」 「大体、なんで剣闘大会なんか出るんだ?教頭ならもう…まぁ、違う意味で脅威になっちまったけどよ」 「うん、そうなんだけどね」 毎日のように迫ってくる教頭を思い出して、僕は再び項垂れる。 ストーカーに加え弁当攻撃。さらに、女性のようにしなを作る50は過ぎてるだろう男は、正真正銘目に毒だ。うっかり目が潰れかねない。 「実は教頭が再戦を申し込んできてさ。断ってもいいんだけど、機嫌損ねるとまた退学の危機になっても…」 「毎日あれだけ逃げといて機嫌損ねるもないだろう。負けるかもしれないリスクを考えれば断る方がいい。こんな事態になれば教頭とて納得するはずだ」 アルバートはガゼルを退けて立つと、木刀を構えた。 「来い、エシュター!」 僕は返事はしなかった。木刀を持ち直すと、アルバートへと駆ける。 ガキンッ! 放った一撃は見事に受け止められた。木刀は離れないまま押し合いになる。当然、このままでは体格もあるアルバートが断然有利だが…。 「…ふっ!」 僕は渾身の力でアルバートの木刀を受け流した。一閃すると、それもアルバートは受け止めてみせた。木刀へ意識が移った内に、僕は反対側へ回りこむ。 アルバートは眼帯をしている為、片側のガードががら空きに近い。 振り上げた一撃を叩き込む。 「…アルバートには勝てるんだけどなぁ」 「容赦ねぇな…」 「うーん、でも教頭とかはもっと容赦ないと思うし」 「そりゃそうだけどな」 木刀を握り締めて、そのままばたりと倒れたアルバートに、ガゼルは口端を引き攣らせた。 休憩とばかりに座り込んで、僕は頭を抱える。一体、これからどうしようか。 (どう思う?) 『我に語りかけているのか?少女よ』 (他に誰かいたら怖いよ。…じゃなくて。どう思うよ梟さん) 『大会に出ないに一票だな。こうなってしまった以上参加も危険だろう。大体、大した理由もないなら出る必要もない』 (いや、そっちはもちろんそうなんだけど、そうじゃなくてさ…。なんか案外普通じゃない?性別変わっても) 『…物足りないのか?』 (いや、むしろ平和で嬉しいくらいだけど) 顔を上げると、丁度白目を向いて倒れているアルバートが見えた。 あれくらい悩みなく生きていけたら。羨ましい。 隣にガゼルが並んで座る。正直言うと、あれだけ容易く負けたのはショックだった。 男のままでも女になっても頭ひとつ以上上のガゼルは、僕の頭を掻き回す。 「女になったんだからさ、もうあんま無茶すんなよ。必要だったら助けてやるから」 「…うん」 それは有無を言わせない声音だった。 そう、ガゼルはこういう時にこそ頼りになるヤツだった。 僕は冷静を装いながら、予想もつかないこの事態に混乱していたのかもしれない。じんわりとした物が込み上げる。 『では、あれからも助けてもらったらどうだ?』 梟が指した先には、見たくもないものがあった。 柱の壁からこっそりと覗く、変態の姿。 ちらり、と助けを求める視線を投げると、気づいたらしいガゼルがゆっくりと首を振る。 「ごめん、無理」 「うん、わかってた」 その瞬間、僕は逃走体勢をとった。 ----------------- 4 夢がある。これを人に言えば、馬鹿にされるか、窘められるか、怒られるか、あるいは可哀想なものを見る目を向けられるのが関の山だろう。 どうして!? 何度そう問いかけただろう。しかし、理解は得られない。 いつからか僕はよくおばあちゃんが占いで使うカードの呼び名から、【フール】と呼ばれるようになった。もう今では本名より慣れてしまったので、自分でもそっちを使っている。 しかし、僕は知っているのだ。 崖の先から躊躇なく一歩踏み出すフールは、その馬鹿さ故に全てを学ぶ。 魔術師に会い、探求する事を知った愚者が最後は世界を知り、運命を知るように。 そう、これは偉大なる一歩なのだ。 -------------------- 「あら、これも可愛いんじゃないかしら」 「じゃあ、これなんか合わせたら可愛いと思うんですけど…」 「それはいい!さてと、じゃあ試着でもー♪」 大人しいシーナに比べ、怪獣のように不穏な気配を漂わせながらレイシーはにやりと僕に狙いをつけた。 その手には、誰が着るんだそんな物!と店頭を横切る度に思っていた豪華なフリルのついたドレスがある。 「え、いや、確かに普段着とか下着とかは頼みましたけど」 「いーじゃないの減るもんじゃなし!アンタの頼みに付き合ってるんだから少しくらい遊ばせなさいよ!」 カッ!と異様な気を投げてくる彼女に思わず怯む。 事の起こりは、僕が女である事の精神的障害を感じたその瞬間だった。 もっとわかりやすく言えば、僕は男だったのだ。アルバートや教頭のように男に迫る生物をホモと呼ぶ。しかし、僕はノーマルで、女性になるなんて夢のまた夢の考えつきさえしない健全な男子生徒だったわけだ。とどのつまり。 「しっかし、自分の裸で興奮するなんてどうすんのかしらね」 …つまりはそういう事だ。 女になったその日、風呂に入ってみてわかった。 上もそうだが、下はモザイク必須の秘密の花園だった。要点を言えば、直視出来ませんでした。 もう小さいなんて嘆かないから!帰って来て僕の豆鉄砲! …という事で、女性用の下着や服の知識どころか、自分の身体さえ見れない僕は女性軍に助けを求めた。 しかし、今は心底逃げたい。 『なかなか似合ってるではないか』 (嬉しいような嬉しくないような…。まぁ僕も他人事だったら素直に可愛いと思ってるけどね) 鏡の中には、薄い金と茶の混じった髪に、翡翠の瞳。黒い髪飾りをつけ、同じく黒く豪華なドレスを身につけた少女がいた。 まるでどこぞの洋館の絵画にでも描かれていそうな美少女だ。 『…ナルシストか?』 (違うっ!) と完全否定出来ないのが少し悲しい。 ため息をついて、個室のドアに手をかけた。 「な、何!?本当か!?エシュターがドレス…!?」 「本当よー。今個室から出てくると思うけど」 僕の体は思わず固まる。今、不吉な声が聞こえはしなかったか。 思わず辺りを見渡すが、狭い個室に逃げ道はない。 「つ、ついにこの指輪を使う日が…!」 隙間からそっと覗くと、妙にはぁはぁしているアルバートが指輪を携えていた。 「イヤァアァァァァーーーー!」 『諦めろ、少女よ』 「イヤだー!あいつと結婚するくらいならいっそ…!」 『いっそ?』 「テストの妖精と結婚…!」 もわわわーん!個室の隅で何かの気配がする。 「テストの妖精と結婚…しない!」 断言すると、隅の気配は舌打ちをして消えた。 …あ、危なかった!(大汗) 『ところでこの状況はどうするのだ?』 「とりあえず、アルバートにプロポーズされない事が必須条件」 『だが、個室の前にいる以上どうしようもないのではないか?諦めろ、少女よ』 「諦めで人生捨てられるかー!」 『大丈夫だ。きっと濃い人生になるぞ』 「僕は平凡な暮らしがしたい!」 その時。 「キャアアアアァァァァァアアア!」 悲鳴が響いた。店内へと人が雪崩れ込んでくる。 自警団だろう集団の代表のような男が、唖然とした店内に呼びかけた。 「はーい、皆さん落ち着いてくださいねー。実はこの近辺に魔物が出現しましたー。ただ今自警団が対応中なのでじっとしててください」 「魔物ってなんですか?」 「それは調査中です。詳しい事は申し上げられません」 どこからともなく上がった質問に、自警団が答えた。 もしかしたら自警団でもよくわかっていないのかもしれない。 (魔物って何?) 『魔物…遥か昔の生き物だな。今で言う野生生物だ。だたし、魔物は今よりも攻撃的で凶暴なものが多かったが。そういう私も知識で知っているだけで実物を見たことがない』 (…ふーん、まぁそっちは自警団に任せるとして) 僕は再び脱出経路を探し始めた。 今の脅威は遠い魔物より近くのアルバート。 コンコン。 叩かれたドアに飛び上がる。 「は、入ってます!」 「エシュター?まだ着替えは終わらないのか?こっちはなんだか凄いことになってるぞ」 噂をすれば影。 なんでもない風を装ってはいるが、その手に婚約指輪が隠れている事を知っている。 逃げ場は…ない。 「じ、実はこのドレスの着方がわからなくて困ってるんだ。今裸だから開けないでくれないかな(←嘘」 「…手伝ってやろうか?」 「裸だって言ってんじゃん!入るなよ!」 「別にいいだろう。遅いか早いかだ」 「なんの話だ!」 ドア伝いにはぁはぁ言ってるアルバートが心底嫌だ。 (ど、どうしよう!ヤバイよ!僕はまだこんな所で人生終わりたくないんだぁああああ!) 『諦めろ』 (アンタそればっかりじゃん!) 緊張と恐怖で眩暈がした。 アルバートと結婚?男なら冗談を理由にどこまでも逃げ切れただろうが、女だとそうもいかない。極端な話、既成事実でも作られればそれまでだ。極端だが、それをやるのがアルバートという男。 想像してぞわりと鳥肌が立つ。 パチリ、と小さく空気が爆ぜた。それがだんだん巨大な物になってきても、僕にはそれに構う余裕がない。 『…おい、なんかおかしいぞ』 梟が気づく。僕はそれどころじゃない。ドア越しの息使いがさらに荒くなったような気がした。 「〜〜〜〜〜〜っ!」 バチン!と大きな火花が散る。大きく息を吸って…! 「待って!逃がしてあげるから!」 「……っ?」 声が聞こえて、僕は一瞬息を止めた。拍子に、鳴っていた音も止まる。 「誰…?」 少なくとも外からの声ではなかった。ドア越しのくぐもった声ではなく、それはとても鮮明なものだったからだ。 パカリ、と床が四角い型をとって外れる。 「こんな所でそんな術発動したら大変だよー」 それは子供だった。身には合わない大きな布を被り、顔を隠している。 「後について来てね。僕用だからちょっと狭いかもしれないけど…」 「え、あの、君は…?」 そう言って、元来た穴に戻っていくその子供は鋭い牙を見せて笑った。 よく見れば、硬い鱗を纏った尻尾がある。 「僕はフール。竜人なんだよ。よろしくね、お姉ちゃん」 |
まめ
2008/01/25(金) 17:17:19 公開 ■この作品の著作権はまめさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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はじめまして、AKIRAと申します。 このサイトに通い始めたのがつい最近なので、テキストもどこから読めばよいか分からず、とりあえず「第○話」とか書いていないのを選んで、ここまでやって参りました。 エシュターが女になる、というのは衝撃的でした。 アルバートや教頭先生にとっては嬉しい限りかもしれませんが。 本人からしてみれば、戸惑いと不安が隠しきれない・・・といったところでしょうか。 アッシュとスレインの下ネタに誰もツッコめないシーンが印象的でした。 ミルクセーキを5つ・・・というのは、つまり5ℓですよね(笑 それで腹痛を起こさないガゼルは普通というか、むしろ変ではないかと思いました・・・。 終盤の竜人の登場には驚きました。 シル幻とどういうところで関係してくるのか、今後の展開が楽しみです。 それでは、駄文失礼しました。 |
Name: AKIRA | ||||
■2008-03-15 01:51 | |||||
ID : 2VOxvesRHEE |