捻くれ勇者と「意味が無い」


「意識の海に漂う、そこのあなた……私の声が聞こえますか………?」

意識が浮上していくのが判る。
全身を引っ張られるような。それでいて手だけを引かれているような。
不快感は、感じない。


(―――聞こえる)


「私はリクレール。全ての生命を導く者です。
 幾つか質問がありますが……、あなたは女性ですか。では、名前は何と言いますか?」

一応私にも名前が有る…いや、有った。今は無い。長い漂流の中で、忘れてしまった。
なら今考えなければならないのだろう。名前は―――。

(……忘れた。何でも良い)

「…なら私が付けてさしあげましょう。そうですね、ゴンベエさんとナナシさん、どちらが宜しいですか?」

(ナナシ!)


何でも良いと言っておきながら勝手だが、ゴンベエはやっぱり嫌だった。







『捻くれ勇者と「意味が無い」』







「ナナシよ…、せめてもう少し、勇者らしく出来ないものか」

「助けるかどうかは自分で決める。有益なら、助けようじゃない?」

「……」

何で、こんな者を勇者にしてしまったのか…。リクレール様は。
彼女は全く勇者…世界を救うという自覚が無い。
今だって、ある姉弟の話を聞いて村を出た直後の森にいる。が、不謹慎極まりない。


つまりは「彼らが自分にとって有益ならば、助けよう。」と。


そう言っているのだから。
ただ、一応この世界は救うらしい。リクレール様のお陰で今こうしていられる事が出来るのだから、だそうだ。
それならばもう少し。それこそ上辺だけでも、勇者らしくして欲しいものだが。


「上辺だけそれっぽくしてても、直ぐばれるよ」

「そうかもしれんが…、それで救われる事も有る」

「だってそれじゃあ、意味が無いじゃない?」


彼女はエルークス薬を幾つか持っていた。なのに渡さなかった。
それこそ、意味が無い。


…先ほどの者がいる。確か名は…シン。
トカゲ人間に襲われている。ナナシは助けるだろうか。もしかしたら見殺しにするかもしれない。それは、駄目だ。
世界を救うのは人を救うためだ。人が居ない世界を救ったところで、意味が無い。



「何で危険を顧みないかな、彼は」



そう言って右手には抜身のロングブレイド
その剣が、抜身の剣なのは彼女自身だと告げるかのようにナナシを写す。


距離を詰める。剣を一閃、横薙ぎに払った。
トカゲ人間はそれに気付き、盾を振るう。
鉄同士が当たり、擦れるような音を立ててどちらもが弾かれる。
トカゲ人間はそれを勝機と思ったか。携えていた剣を突き出す。


それはナナシに突き刺さるはずだった。


ナナシが持っているのはショートブレイド。それは左手に持たれ、トカゲ人間の剣を受け止めていた。
ショートブレイドで受けられるという事は、トカゲ人間の攻撃はそれほど強くなかったのだろう。
そして右手を反す。トカゲ人間の装備の隙間に、ロングブレイドが刺さった。
トカゲ人間は直に動かなくなる。とても容易に勝利した。



「君」


ナナシがシンに話しかける。まずいな、何を言うか判らない。

「おい、ナナシ…」

「怪我をしているね。これを使えば治る…はず。いや怪我には効かなかったかな…?まぁ良いや。あげるよ、私には必要ない」

「!?」

「え…良いんですか?」

「いい。私には病気の姉は居ない」


その言葉で、その薬の使用方法がわかったようだ。シンは顔に一杯驚きを表現している。
エルークス薬…先程は渡さなかったのに、何故。



「あ…有難う御座います!」


そう言ってシンは走り去る。

「ナナシ…」

「さっきはエルークス薬の存在を忘れていたんだ。それに、実際アレは私には必要ないし。持っていても意味が無いから、渡しただけだよ」

「………」

彼女の事が、少し判らない。



*



「うん、こっちの方が私にしたら、よっぽど意味があるね」


手に持った月の聖印を掲げて嬉しそうにそう呟く。
それはシンから薬のお礼にと貰ったものだった。シンの姉は今はもう元気になっている。

「何か妙な力を感じるし…理力の集まりっぽいトコも有ったしね。何か関係が有るのかも知れない」

「何故、彼らを助けたんだ?」


ふと疑問になった。確かに最終的にシンもナナシも得をしているのだが、あのナナシが、何故。


「別に。助けたつもりは無いけど…、必要なかったしね」

「ならば買わなかったら良いのではないだろうか」

「…確かにそうかもしれないけどね。何となく。それにさ」


一旦言葉を区切る。


「頑張ってる人は、無益じゃないよ。これ綺麗だし、それだけで十分価値有るものだと思う」



驚いた。
彼女が…、そんな事まで考えていたなんて。


ナナシとの付き合い方が、少し判った気がする。
彼女はモノを意味の有る無しで考えている訳ではなかった。ただ、多分、不器用なだけなんだろう。
割と良い人なのかもしれない。そう思ってみると、確かに今まで何度か人を助けたような事もしていた。
ただ、その言動に隠れていただけで。


ナナシは、本当は…。



でもそんな事を考えていた直後に「やっぱりお金は請求したらよかったかな」なんて言い出すので、
やっぱり彼女は意味の有る無しで区別しているのかも知れない、とちょっとだけ思ってしまった。




「それにやっぱり、無害な方が有害なものより良いでしょ」



我らはトカゲ人間に囲まれていた。
なるほど、それはそれで一理あるかもしれない。
とは言えその考え方はどうかと思ったが。


だが。


そんな彼女と旅をするのも悪くないと思った。



火花が散る。まるで彼岸花のように。死者を―――トカゲ人間を、弔うかのように。
甲高い音を響かせて。
今日も彼女は剣と舞う。

いや、もしくは。
彼女自身が剣なのか。

だがそれは抜身の剣。何を切るべきか迷い、常に考えて行動しているのだ。




〈了〉

るーと(仮)
2007/07/19(木)
14:43:03 公開
■この作品の著作権はるーと(仮)さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのコメント
以下、後書きをば。

えー、どうもこんにちは、始めましての方は始めまして。るーと(仮)です。
…って、投稿するの初めてですし、大抵の方が始めましてですね。と言うか次は果たして有るのか…^^;
今回は『捻くれ勇者と「意味が無い」』を読んで下さって真に有難う御座います。
これは、何故か突発的に浮かんだネタを即興で纏めてみただけなので、もしかしたら読みづらい所があるかもしれません。
もし有りましたら御指摘下さい。

えーと、初めてのSSがこんなので良いのか…とか、思ってます。
主人公結構アレな性格ですし。
戦闘描写がわかり難いですし。
ですが、楽しく書けたので私的には有りかなと。

最後にもう一度、『捻くれ勇者と「意味が無い」』を読んで下さって本当に有難う御座いました!
それでは、失礼します。


この作品の感想をお寄せください。

はじめまして、作者のるーとです。
まさかコメントを頂けるとは思っていなかったので、手が震えております…!

この「捻くれ勇者〜」は、脳内のナナシさんを文章化したらどうなるだろうと言う考えも含まれておりまして、(苦笑
読む人を選ぶかなぁ、とは思っていたのですが、楽しんでいただけたようで何よりです!
私の文章は似たような言い回しが多くなってしまいがちなので、そこに気をつけて書きました。
それが読み易さに繋がったのだと思います。(本人ですら曖昧ですが^^;

そして、クロウの一人称に目を付けていただけたようで!
本当は全部ナナシの視点にしようかと思っていたのですよ。
しかしナナシの捻くれさ加減を出そうとするなら、まだ付き合い始めて間もない人の視点の方が書きやすいだろう、と言う事でクロウ視点になりました。
更に言えば私自身女主の性格を解りきっていない面もありまして(笑
まぁ、私の中のナナシさんはこんな感じなのだなぁと思っていただければ。

素直な方も良いのですが、やはり多少人生の紆余曲折を経験したようなナナシさんが、割と私好みなんです。
良いですよね、不器用な女主。判ってもらえて嬉しいです!
それにゲーム中でも、非道な(?)選択肢もありますし。

いやあ、本当に読んでいただけて光栄です!有難う御座いました。
Name: るーと(仮)
PASS
■2007-07-24 19:36
ID : gTVzYpvDDvM
どうも初めまして。
旧テキスト版の方で細々と活動しております風柳と申します。
以後お見知りおきを。

それはそうと、『捻くれ勇者と「意味が無い」』読ませていただきました。
まず感じたのは、非常に読みやすい作品だなぁということです。
即興で纏めたとのことですが、それにしては起承転結がきっちりとしていますし。
るーとさんに秘められたセンスを感じますね(笑)

次に内容に関して。
クロウという第三者の視点から女主人公の言動の食い違い(つまりは彼女の不器用さ、なのですが)が上手く描写されていると思います。
不器用な女主、やっぱりいいですねぇ(何)
自分的には、無駄に素直な子よりはこういった子の方が女主像としては割としっくりきます。
彼女のこれからの旅路を見守ってみたいなぁと素直に思いました。

それでは、次の作品も期待していますね。
ではでは。
Name: 風柳
PASS
■2007-07-24 11:40
ID : mm3gb4lIP8Y
お名前(必須) E-Mail(任意)
メッセージ
 削除用パス 


<<戻る
感想管理PASSWORD
作品編集PASSWORD 編集 削除