狐狩ヨウコの休日 後編




 どういう経緯で決まったのか、たしかリーザが最初に提案したような気がするが
 まあ何はともかく、私達はボーリング場に来ていた。
 
 平日のボーリング場は思いのほか空いていて、レーンも大分余裕があり。
 私達はそのうちの一つを借りて女三人でのミニボーリング大会(発案、リーザ)を行う事になったのだった。
  


「GOOD! いい感じね」

「リーザはやっぱりこういうの上手いんだね」

「ソレホドデモアリマセンなのよ」


 ボーリング開始から数投目。
 相変わらず無駄に運動神経が良いこの外国人は先程から景気よくパッカンパッカンとピンと倒していた。

 彼女の投げる重たいボールは素人の女が投げたとは思えない程の猛スピードで中央ピンに向かって行き
 そのままピンを倒すと言うより弾き飛ばす勢いでストライクを取り続けている。 

 開始前から分かりきっていた事なのだが、普通に上手いのでなんだか見ていてつまらない。
 少しはアッと驚く意外なことでも起きないだろうか。
 ピンが避けるとか気がついたら増えてるとかボールが消えるとかいつの間にかスイカにすり代わってるとか。
 最悪空気を読んでアンタが頭からあのピンに突っ込めば良い。


「あっちゃぁ……またガーターだよ……」

「ドンマイシーナ、さっきよりも良くなってるのよ」

「やっぱり二人みたいにはいかないね」

「気にする事無いわ、フォームは良くなってるし」


 対照的にシイナはこういうことに関しては鈍く、可哀想なくらいガーターを連発していた。

 非力な為に軽いボールを選ばせたのだがその効果も空しく。
 彼女の投げたボールはまるで吸い寄せられるかのように大きく曲がり、溝にガコンガコンと落ちてしまう。
 しかも相当不器用ならしく、一投目で右の溝に落ちてしまえば次はそれを意識しすぎて逆側の左の溝に落ちる……と
 完全に妙な悪循環にどっぷりとハマってしまっていた。

 そんな感じで、こっちは何だか見ていられないといった具合だ。



「ふぅ……」

「さり気にヨウコも上手いね、やっぱりなんでもソツなくこなしちゃうんだ」

「別にそんなこと無いわよ」

「ドコでもCOOLなのね、ヨーコは」

「うるさい、お前は黙ってろ」


 ちなみに私はと言うと。

 これでも職業柄運動能力と集中力には自信があるので、それなりに好成績でピンを倒し続けていた。
 流石にスコアではリーザには負けてしまうものの、それでも辛うじて食らいついているという感じだ。

 まあ、あの馬鹿を一人勝ちにして調子に乗らせたくないしね。
 別に負けているのが悔しい訳じゃないけど――


「あらら?」

「あ〜……残念、一本残しちゃったねリーザ」

「しゃぁっ!」


「……ヨーコ、今小さくガッツポーズとらなかった?」

「え?」

「うん、したよね……」

「え? え?」


 しまった、私とした事がつい無意識で……












「う〜ん……やっぱり真っ直ぐいかないよ……」

「でもだんだんピンの手前まで行ってるのよね」

「そうそう、もっと勢いをつければ落ちる前に行けるんじゃないの?」

「勢いか……よ〜し」

 私のアドバイスを実行する為か
 シイナは思い切って先程より助走をつけ、大きく後ろに振りかぶり……

「え〜い!」


 勢いよく投げた。



「…………あれ、ボールは?」

 だが、いつまで経ってもピンが倒れる音も溝に落ちる音も響かない。


「え〜っと……ある意味ストライクなのよ……」

「え……ってきゃあああ!?」

 苦笑いを浮かべながらリーザが指差した方向を見て悲鳴を上げるシイナ。
 そりゃあ上げるだろう、むしろ上げてもらわないと許せない。


「ねえ……どういうアクシデントが起これば私の方にボールが飛んでくる訳……?」

「ご、ゴメンヨウコ! わざとじゃなくって!」

 シイナが投げたボールは盛大にすっぽ抜けたうえに
 何故か後ろに立っていた私のボディに渾身のブローのごとき一撃を綺麗に叩き込んだ。

 この子のことだから隣のレーンに投げてストライクを取るくらいの芸当はするだろうとは思ってはいたが
 まさか真後ろに飛ぶとは完全に予想外で反応できなかった……

 いや、確かに予想外のハプニングが無いと面白くないとは思ったけど
 自分がこんな痛い思いをしたいとは誰も願ってはいない。


「ある意味逆にグッジョブ! なのね」

「おのれは黙れと言って……ゴフッ!」

「わぁー!? ヨウコ〜!!」





 私の身を案じ、ここで一時的に休憩タイムを取る事になった。

 幸いシイナが非力でボールも軽く、私が普段から警察で格闘訓練を受けていることもあり
 数十分後には何とか持ち直すことが出来たのだったが……
 とはいえ、流石にすぐにボーリングを再開できる状況ではなかったので
 現在は座って二人のプレーを見学させてもらっている。

 

「ねえ、ヨーコ」

「ん……あによ?」

「アレ倒せたらディナー奢ってくれる?」

「はぁ?」

 見ると、リーザの指差したレーンには
 右端の6番ピン10番ピンと左端の4番ピン7番ピン二本ずつが残っていた
 いわゆるビッグフォーという状態だ。

 しかし……


「何で私がそんな賭けをしなきゃならないの」

 確かにプロでも少々難しい状況だが、それでもリーザならクリア出来てもおかしくはないわけで。
 それなのにそんな無茶な賭けをするほど私は馬鹿じゃない
 だいたい怪我をさせられた上に夕食奢りというのはどんな虐待だ。


「ふ〜ん……逃げるの?」










 ぷちっ。



















「……誰が逃げるって言った? 上等じゃない! 受けて立つわよ!」

「OK! それでこそジャパニーズ・ラストサムライなのよ♪」

「の、乗せられてる……それもあっさり……」








 …………で、その結果。



「…………」

「えっと、こんな時日本では何て言うんだっけ? そうそう、ゴチニナリマス?」

「うるさい、黙れ」


 焼肉屋の鉄板の前で大量の肉を焼いてはバクバク食っているリーザを眺めながら
 私は自分の愚かな行為をただ後悔していた。


「ゴメンね、ヨウコ……」

「別にいいんだけどね」

 ちなみに焼肉は食べ放題コースを選んでいる。

 この大食いに奢りで好きなだけ食べさせていたら
 私の給料がいくらあっても足りないので当然の結論なのだが……


「お兄さん、ライス大盛り3杯〜♪」


 米くらいは自分で払えよこのアマ。


「まったく、飲まなきゃやってらんないわよ……」

「私はウイスキーをロックでオネガイシマス」

「アンタねぇ……」

 ここぞとばかりに高い酒頼みやがって、本当に遠慮ないわねこの金髪外国人は。



 その後も私の奢りでの軽い飲み会はしばらく続いた。

 人の奢りなだけあってか、リーザは調子に乗って肉だけではなく
 米も酒も片っ端から頼んではバクバクと吸い込むように胃の中に収めていった。

 一体コイツの身体の中はどうなっているのだろうか。
 外国人は日本人とは身体の作りが違うと聞くが……まあ、そんな意味ではないだろうが。



 一方シイナの方はやはり対極に遠慮がちで自分から注文をする事はほとんどなく。
 肉も酒もリーザや私に勧められてから口をつけるというそんな状態だった。

 ちなみにこの子はお酒にあまり強くないのだが
 リーザが無理に進めるので断るに断れずに何杯か飲まされている。

 この時はその場の空気に流されて見逃していたが
 後になって警察としてだけではなく私個人の為にも止めた方がよかったと激しく後悔した。










「あ、もうこんな時間……」


 食事を始めてから数時間、そろそろいい時間になってきた頃だ。
 私は明日からまた仕事があるのでこの辺りで切り上げるのが無難だろう。


「それじゃあ、そろそろ帰る準備をするわよ」

 などと、脱いでいた上着を羽織い二人に呼びかけた私だったのだが……








「カーコ、カーコ……」


「すぴー、すぴー……」








 二人揃って酔い潰れてんじゃねーよオイ。



「はぁ……」 

 仮にも警官である以上、こいつらをこのまま放置しておく訳には行かない訳で。
 かといって今から二人を送り届けてやるというのは非常に面倒くさい、家も離れているし。
 
 となると、ここから一番近いのは……


「私のマンションじゃないの……」


 この店を選ぶんじゃなかったと今更ながらに後悔した。












 


「あー、ちくしょー!」

 結局その後、二人を担いで店を出た私は
 そのまま道でタクシーを拾って自分のマンションに帰ってきた。

 当然酔い潰れた二人は私のそんな苦労も知らずに気持ち良さそうに眠ったままだ。
 シイナはともかく、この変な外国人は無駄に色々デカ過ぎて重いったらありゃしない。


「カーコ、カーコ……」

「すぴ〜……」

「憎たらしい程気持ち良さそうな顔しやがって……」


 ムカつくから顔に落書きしてやろうかコイツら、もしくは額に肉乗せてやろうか。

 ……まあ、やらないけどね、警察ってつらいわホント。


「あ〜! もう疲れた! 寝る!」

 せめてもの情けとして、床に寝かせた二人に毛布を一枚かけてやった後
 私は腹話術師が手放した人形のように脱力してベッドに倒れこんだ。
 なお、コイツらに貸してやるベッドは無い。


「はぁ……」


 まったく、今日は散々だった。

 せっかく貰えた休日の筈なのに何故こんなに疲れなければならないのだろうか。
 しかもボールはぶつけられるわ飯は奢らされるわ家に泊めてやる羽目になるわ……

 それもこれも全部この二人に会ってしまったせいだ。


「カーコ、カーコ……」

「すぴぃ〜、すぴぃ〜……」


「まったく人の気も知らないで、コイツらは……」


 でも……


 まあ、家でゴロゴロしてたり当てもなくブラブラしてるよりは
 いい休日の過ごし方だっただろうし。

 それに少しだけ、本当にほんっとーに少しだけなんだけど、まあまあ楽しかったとは思う。

 
「やれやれね……風邪引くんじゃないわよ、私の責任になったら面倒だから」

「ングッ……」

「すぅっ……」

「いびきで返事するな」

 まったく、器用だこと……


 一緒にいると疲れたりしんどかったり面倒な事になったりと
 とにかくロクな事にならない手間のかかる馬鹿二人だけど……

 それでも、また暇があったら三人で何処かに遊びに行ってやってもいいかもしれない。



 コイツらがどうしてもって言うんなら……ね。



 おしまい

yasaka
2007/05/18(金)
01:51:12 公開
■この作品の著作権はyasakaさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのコメント
という訳で初のテキスト作品『狐狩ヨウコの休日』はこれで完結です。
最後までたいしたヤマもオチもないお話ですみません。
短いのにスペースを取ってしまい申し訳ないです。
やはりひとまとめにすればよかったかもしれないですね(汗

今後も何か思いついたら投稿するかもしれないので
そのときはまたよろしくお願いします、それでは。

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