短編:君宛の手紙は永遠に届かない |
一体私に何があるのだろう。 ふとそんな事を考えた事がある。 自分自身を強く抱きしめながら、私という存在に疑問を抱かずにはいられない。 私だって人間だ。 辛いと感じる時もあるし、寂しいと感じたりもする。 だけど、『それ』を顔に出す事は出来ない。 『笑顔』 私は、人前に出る時はいつも笑顔。 そう、笑顔こそが私なのだ。 拠り所がある、それだけで十分幸せだと私は思う。 そして、その笑顔を望んでくれる人がいる。 もうすぐ出番だ。 口元に指を当て、グリグリとマッサージする。 手櫛で軽く髪を整え、指を組んで軽く伸びをして、ふぅと息を吐く。 テーブルの上に置いてあった台本を拾い上げ、パラパラと今回の大筋を確認する。 笑顔さえあれば、私でいられる。 単純だなぁと、自分ながら呆れて笑えてくる。 「お姉さん、そろそろ行きましょうか」 横から、一緒に今回の仕事をする女の子、『犬山セト』が私に声を掛けてきた。 「お姉さんがいないと成り立たないんですから、早くいきましょう」 ………… 「オッケー、さっさと行って弄る準備しなきゃ♪」 「お……お手柔らかに……」 行こうか。 私は台本をテーブルの上に置き、その場から立ち上がった。 ……他の人には当たり前の日常さえ無い、私の為の『居場所』へ。 ■■■■■ 姉さんへ。 お元気ですか。 こっちの方は変わりありません。 パン屋のアルバイトも、まあ適当に頑張っています。 お父様は……相変わらず学園で大暴れしています。(笑) 最近、風邪が流行ってるみたいだから気をつけてくださいね。 姉さんの仕事は声が命なんだから。 そうだ、ちょっと相談してもいいかな? 実は最近、気になる人が出来たの。 姉さんもよく知ってる、エシュター=クレイトンっていう人なんだけど…… まあ、どうして気になりだしたとかは姉さんも分かってると思うけど。 あの時助けてくれなかったらどうなっていたか……本当にあの人には感謝してもし切れません。 それで相談っていうのは……いや、いきなり告白とかしないよ? そうじゃなくて、ちょっと変な言い方かもしれないけれど、 クレイトン君の事、本当に好きになってもいいのかな? あ、いや、うん、これには訳が……別にお父様が妙にクレイトン君の事を晩御飯の時に、すっごい満面の笑みを浮かべながら話している事は関係ないからね? うん。 この間の放課後図書室に行った時なんだけど、小説を読んでいたら隣の席にセフライトさん……あのよく医務室にお世話になっている人が座ったの。 そのセフライトさん、クレイトン君と同じ学科だってお父様が言ってたっけ。 お父様に言わせれば、『恋敵』との事らしいけど……。 まあ、冗談だよね……うん。 そのまま本を読んでたら、急に隣で椅子が倒れるような音と声が聞こえたの。 見たら、セフライトさんが口元を抑えて床に座り込んでいて――― □□□ そこまで便箋に書くと、私はそれを折りたたんで机の引き出しの中に入れた。 ―――私は何をやっているんだ。 ―――この手紙は、姉さんに届く事は絶対に無いというのに。 その折りたたんだ便箋の下には、クレイトン君へ宛てる予定だったラブレターの下書きがある。 ―――姉さん。 私達が知らない世界にいる姉さんへ、私はただ手紙を届けたかった。 ―――そっちでは食べ物はおいしいですか? ―――天気はどうですか? ―――彼氏の一人くらいは出来ましたか? ―――何か送ってもらいたい物はありますか? ―――家が恋しいですか? ―――お仕事は辛かったりしますか? ―――家に帰りたいと、思いますか? 私は引き出しをスッっと閉め、 その瞬間、私は肩を叩かれ反射的に振り返った。 「姉……さん?」 □□□ シーナ=セフライトは、彼女が通っている学園の医務室のベッドで眠っていた。 目を覚ますと、ベッドの傍らには教頭先生の娘―――マイアだったか―――が椅子に腰掛けていた。 「あ、気がつきましたか?」 シーナが「大丈夫」と言うと、マイアは胸を撫で下ろした風だった。 「心配をお掛けしてすみません……」 「いえ、そんな……」 シーナは目を伏せ、またマイアも同じく視線を逸らす。 しばらく沈黙した後、 「じゃあ、そろそろ帰りますね」 マイアはそう言って立ち上がった。 「どうもありがとうございました」 ベッドの上から上半身を起こし、シーナは軽くお辞儀をした。 マイアも軽く頭を下げ、ドアの方へ向かう。 ……と。 コンコンコンコン、とドアの向こうからノック音。 「失礼します」 そして、二人がよく知る少年がドアを開けて医務室へ入ってきた。 エシュター=クレイトン。 ここの学園ではマイナーな薬学部に所属する、今年入ってきたばかりの少年である。 「シーナ、大丈夫? クリスからまた倒れたって聞いたんけど……」 エシュターはドアの所でマイアに軽く会釈をし、ツカツカと靴音を鳴らしながらベッドの方へ歩いていった。 マイアの耳には、その音が急速に遠ざかっていくように感じていた。 二人の笑顔を背に、マイアは黙って保健室の扉から出て行った。 □□□ こんな風に姉さんに抱きついて泣いた事があっただろうか。 姉さんと過ごした日々を、私は覚えてはいない。 いや、『そもそもそんな日々が存在していたのだろうか』? 必死にアルバムをめくって姉さんの写真を探しても、アルバムを閉じた後、姉さんの写真があったかどうか覚えていない。 まるで『禁忌』そのもののような姉さん。 だけど、私はその『禁忌』を恐れなかった。 それどころか、私はいつもその『禁忌』に触れたいと思っていた。 世界が壊れてもいいから、一度でいいから。 私のただ一人の姉さんを、 私の暮らす世界に、 私の隣に、 『存在』させてあげたかった。 □□□ 気が付くと、私は部屋の中心で座り込んでいた。 窓の白のカーテンが紅く染まり、日の終わりが近い事を告げていた。 サラサラと、開いた窓から吹き込んだ風がカーテンを揺らしてかすかに音をたてる。 そして気が付く。 ―――姉さんとあの時、何を話したのか、分からない。 恋の相談に乗ってくれた気もするし、ただ世間話をしていた気もする。 涙が、溢れてきた。 なぜそこまで世界に拒否されるのか。 必要に姉さんがそこにいた証を剥奪される。 私は普通の日常、生活、そして恋をしているというのに。 ふと、私は立ち上がって、涙で濡れた顔を洗おうと洗面所へ向かった。 向かう途中の廊下でお父様にあった。 変な顔をしていたような気がするけど気にせずに歩いていく。 洗面所に着くと、私は蛇口から出た水をすくって顔に打ちつけた。 少し乱暴すぎたか、頬が少しヒリヒリしたいる。 その痛みで自分が精神的に参っている事に気が付くと、途端に自分自身が恥かしくなった。 夢だ。 そうだ夢だ。 夢、だったんだ。 そう思おう。 そう思っていれば安心出来――― 洗面台の鏡を見た。 そこには目元を真っ赤に腫らした私の顔が映っている。 一瞬、鏡に映っているのが私だと気付かなかった。 その像が私だと気付いた時、少しびっくりした事に恥かしさを覚えて、苦笑してしまう。 改めて鏡を見ると、相変わらずそこには見慣れた私自身の顔が映っている。 ぼぉっと、しばらくその場にたって鏡の私の姿を眺めていると、廊下からお父様が出てきた。 『一体何があったんだ』、『具合でも悪いのか』と私に尋ねるお父様に、私はただ『なんでもない』とだけ言って自分の部屋へ戻った。 今はただ、一人で居させて欲しかった。 ただ、それだけ。 「ごめんなさい」 廊下の途中、誰とも言わず私は小さな声で謝罪した。 □□□ 部屋に戻ると、私は椅子に座り、黄昏が闇に追いやられていくのを眺めていた。 そして、あの姉さん宛の手紙を破り捨てようと思い立った。 それが悪い夢の元凶のような気がしたから。 引き出しを開けようとした時、私は妙な違和感を感じた。 すぐに気付いた。 しっかり閉めたはずの引き出しが少し開いていたのだ。 急いで引き出しを開けて中を確認する。 たたんで入れたはずの便箋が、少し開いていた。 恐る恐る便箋を取り出し、それを開くと、余白に申し訳程度の大きさの書き込みがあった。 『がんばりなさい、あなたの青春なんだから』 「ありがとう」 私は窓の外のオレンジ色の空の欠片に向かって語りかけた。 まもなく夜が空を覆う、そんな時だった。 |
ヒノヒカル
2007/05/09(水) 21:09:22 公開 ■この作品の著作権はヒノヒカルさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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今まで予告のお姉さんに対して考えた事なかったのですが、 この小説読んでいろいろ目から鱗です! 感想とかあまり上手く書けなくて申し訳ないのですが、 姉妹いいなあ〜と心から思いました。 ちょっぴり寂しい気持ちと、ほんわかな気持ちを有難うございます。 |
Name: num | ||||
■2007-05-12 09:36 | |||||
ID : qJPxuCkraSw |